退職金の返還を求めたい! 元社員に対する請求はできるのか?

2023年07月24日
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退職金の返還を求めたい! 元社員に対する請求はできるのか?

平成30年、福岡県の職員が兼業禁止の規定に違反しているにもかかわらず、県にウソの報告を行い、数百万円の報酬を得たとして、県が支払済みの退職金の返還を求めるというニュースが報道されました。

このように、退職金を支払った後、当該退職者が在職中に不正を行っていたことが発覚した場合、支払済みの退職金の返還を求めることはできるのでしょうか。また、退職者が不正を行っていないものの、会社の計算ミスで退職金を多く支払いすぎた場合はどうでしょうか。事後的に退職金の返還を求めるケースでは、就業規則に定めがあるか、どのような定めがあるかといった点が重要です。

この記事では、退職金の返還を請求することができるケースや就業規則の定め方などについて、ベリーベスト法律事務所 福岡オフィスの弁護士が解説します。

1、退職金の返還請求はそもそも認められるのか?

  1. (1)退職金とは何か?

    退職金は、給料などの賃金とは異なり、必ずしも会社(=使用者・雇い主)に支払義務があるわけではありません

    就業規則や賃金規定・退職金規程などで、退職金の支給対象・要件が具体的に定められていて、それが労働者(=従業員)との間の労働契約の内容となっている場合に、初めて会社に退職金の支払義務が発生します。

    他方、就業規則などに定めがない場合には、原則として、会社が退職金を支払う義務はなく、退職金の支払いは、任意的・恩給的な給付であるとされています。

    ただし、この場合でも、労働者が退職するときに何らかの金員を支給することが長年にわたって繰り返されているようなケースでは、例外的に、退職金の支払いが労使慣行として確立していると評価され、就業規則などに定めがなくても会社に退職金の支払義務があるとされる可能性があります。

  2. (2)退職金の不支給や減額はできる?

    退職金は、
    ① 退職までの賃金の後払い的性格
    ② 勤続の功労報償的性格
    ③ 退職後の生活保障的性格
    など、複数の性質を有しています。

    そのため、勤続の功労(②)を抹消・減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為が労働者にあった場合には、退職金を不支給または減額することができると考えられています。

    ただし、この場合でも、退職金を不支給・減額とする場合があることについて、就業規則などに定めを置き、それが会社と労働者との間の労働契約の内容となっている必要があります。

    会社に、退職金を労働者に支払う義務がある場合には、原則として退職金を不支給・減額することはできない、ということに注意しなければなりません。

2、返還請求が認められる可能性があるケースとは?

退職金を支払った後に返還を求める場合、退職金の不支給・減額の場合と同じく、そのことについて就業規則などに定めを置くこと、退職金の返還の規定内容が会社と労働者との間の労働契約の内容となっていることが、原則として必要です。

これを前提に、どのようなケースで退職金の返還請求が認められるか、具体的に説明します。

  1. (1)計算ミスがあったとき

    会社の計算ミスによって退職金を多く支払いすぎてしまった場合、従業員は、理由もなく本来受け取ることのできる金額より、多くの退職金の支払いを受けていますので、会社は、不当利得により過払い分の返還を求めることが可能です。

    過払い分の退職金返還請求権は、会社が過払いに気付いたときから5年、退職金を支払ったときから10年で消滅時効が成立しますので、この点に注意が必要です。

  2. (2)懲戒処分に相当する不正があったとき

    従業員が退職し、退職金を支払った後に、当該従業員が在職中に懲戒処分に相当する不正を行っていたことが発覚した場合、不当利得により返還を求めることができます

    懲戒処分に相当する不正を従業員が行っていた場合、本来であれば、当該従業員は、就業規則などの定めにより、退職金の全部または一部を受け取ることができなかったといえます。この場合、従業員が支払いを受けた退職金が、不当利得に当たるということになります。

    この場合にも、5年または10年で消滅時効が成立することは、会社に退職金算定の際に計算ミスがあった場合と同様です。

  3. (3)就業規則に定めがない場合は返還請求できない?

    それでは、就業規則などに定めがない場合、従業員が重大な不正を行っていたとしても、退職金の返還を求めることはできないのでしょうか。

    勤続の功を覆滅又は減殺するほど著しく信義に反する行為を労働者が行ったと評価できる場合、重大な不正を行った従業員による請求は権利の濫用に当たるとされ、会社は、従業員に対し、退職金の全部または一部の返還を求めることができると考えられます。

    ただし、就業規則などに具体的な定めがある場合と比べれば、実際に返還請求が認められるハードルは高くなるといえるでしょう。

3、退職金を支払う時や就業規則で留意すべきこと

このように、原則として、退職金の返還を請求するためには、就業規則などでその旨を定めているかどうか、就業規則に該当する事由があるかどうかの2点がポイントとなります。

そのため、会社が、従業員に退職金を支払う際には、事前に、当該従業員に就業規則などの定めに反する不正がないかどうか、できる限りの調査を行っておくことが望ましいといえます。

とはいえ、会社が行うことのできる調査には限界があり、従業員が自ら不正を申告するとも考えにくいのが通常です。

そのため、会社のできる有効なトラブル予防策として、就業規則や賃金規程・退職金規程などに、退職金返還についての適切な定めを設けることが必要です。

たとえば、就業規則などに、次のような規定を置くことが有効であると考えられます。

  • 懲戒処分を受けた者または懲戒事由に該当する行為をした者については、退職金の全部または一部を支給しない。
  • 従業員が退職しまたは解雇された後、その在職期間中に懲戒事由に該当する行為をしたことが認められたときは、会社は、当該従業員に対し、すでに支給した退職金の全部または一部の返還を求めることができる。


従業員の退職後に、懲戒処分に相当する行為があったことが発覚した場合、すでに退職し雇用関係のなくなった従業員に懲戒処分を行うことはできませんので、懲戒処分を受けたことを理由とする退職金返還規定を定めていたとしても、当該従業員に退職金の返還を請求することはできません。そのため、就業規則に退職金返還規定を設ける場合には、懲戒処分を受けたことを返還請求の理由とするのではなく、懲戒事由に該当する行為(=従業員が懲戒処分されうる行為)を行ったと認められることを理由として定めることがポイントです。

このように定めておけば、当該従業員の在職中に不正が発覚したことをもって、退職金の返還を求めることが可能となります。

4、従業員とのトラブルが起きたときは弁護士に相談を

  1. (1)規程整備などによりトラブル予防ができる

    会社と従業員は雇用契約という契約関係にありますので、双方が合意すれば、契約の内容を自由に変更することができるのが原則です。

    しかし、通常、雇用契約は多数の労働者との間で締結されますので、労働条件は就業規則や労働協約などによって画一的に定められますし、労働基準法や労働契約法などの労働関係法令によって労働者の保護が図られており、これを下回る労働条件を設定することは許されません。

    そのため、退職金返還請求をはじめとする従業員とのトラブルを予防するためには、起こり得るトラブルを想定した規定を就業規則に定めるなどして、備えておくことが重要です。

    もっとも、就業規則などを整備するためには、法律的な知識が必要なことは当然のことながら、労働組合の意見を聞く必要があることなどから、労働問題に関する専門的な知識が必要不可欠です。

    この点、労働問題に詳しい弁護士に相談すれば、社内の事情を踏まえつつ、起こり得るトラブルを見越した適切な準備、対応をすることができます

  2. (2)早期かつ適切なトラブルの解決ができる

    労働法の分野では、法改正のほか、裁判例によって新たな基準が創設されることが少なくありません。

    そのため、労働トラブルには、労働関係法令の知識に加えて、最新の裁判例を踏まえて、訴訟になってしまった場合のリスクを見越した慎重な対応が求められます。

    従業員個人と話し合いをする場合でも、労働組合と団体交渉を行うこととなった場合でも、労働問題に詳しい弁護士が対応することで、法律や裁判例に基づく適切かつ早期のトラブルの解決を期待することが可能です。

  3. (3)訴訟(裁判)になっても手続を一任できる

    さらに、弁護士に依頼すれば、従業員との話し合い、労働組合との団体交渉、労働審判・裁判(訴訟)などの対応や手続を一任することができます。弁護士に対応を全て任せることで、経営者や他の従業員は、本来の業務に専念することができます。

    退職金の返還を求めたにもかかわらず従業員が拒んだ場合、回収するためには訴訟を提起する必要が高いですから、訴訟を見据えて交渉段階から弁護士に相談しておくことが望ましいといえます。

5、まとめ

在職中の不正行為や計算ミスを理由として支払い済みの退職金の返還を求めるためには、就業規則などでその旨を適切に定めていることが必要です。

そのうえで、発覚した不正行為が懲戒事由に当たるかどうか、懲戒処分に相当するかどうかなどを具体的に検討し、具体的に退職金の返還を求めるのか、返還を求める金額はいくらかを判断することとなります。

就業規則を整備するには法的な知識が必要ですし、従業員の行為が懲戒事由に該当するかの検討には、過去の懲戒事例や裁判例との均衡を図ることが求められます。

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