立ち退き請求には正当事由が必要! 立ち退き料や実際の裁判例も紹介

2022年11月17日
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立ち退き請求には正当事由が必要! 立ち退き料や実際の裁判例も紹介

福岡市内にある免震偽装が発覚した高層マンションが解体されることが決定しました。これに伴い、賃借人に対して立ち退きが迫られているとのことです。思いがけない立ち退き請求に、住民は困惑していると報道されています。

賃貸不動産のオーナーとしては、老朽化したアパート・マンションの取り壊しやリフォームのために現在の賃借人に立ち退きを求めたいと考えることもあるでしょう。しかし、賃貸借契約においては、借地借家法によって賃借人の保護がなされていますので、立ち退きを求める正当な事由がない限りは、賃借人に立ち退いてもらうことはできません。

そのため、立ち退き交渉をスムーズに進めるためにも、どのような事情があれば立ち退きの正当事由にあたるのかを理解しておくことが大切です。本コラムでは、立ち退き請求の正当事由について、ベリーベスト法律事務所 福岡オフィスの弁護士が解説します。

1、立ち退きを求める正当事由とは

借地借家法28条には次のように定められています。

建物の賃貸人による第26条第1項の通知又は建物の賃貸借の解約の申し入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。


つまり、賃貸人が賃借人に建物の立ち退きを求めるためには、さまざまな事情を考慮したうえで、立ち退きを認める「正当の事由」(以下「正当事由」といいます。)が必要とされています。以下では、立ち退きを求めるための正当事由について説明します。

  1. (1)賃借人に立ち退きを求めるためには正当事由が必要

    建物は、賃借人が生活の基盤として利用する重要なものになります。そのため、賃貸人からの立ち退き要求を一方的に認めてしまうと、賃借人の立場が非常に不安定なものになってしまう可能性が高いものです。

    そこで、借地借家法では、賃借人を保護する趣旨から、賃貸借期間満了や解約申し入れによって賃貸借契約を終了させる場合には、正当事由が必要とされています。つまり、契約期間が満了したとしても、立ち退きを求める正当事由がなければ、賃借人に建物を出て行ってもらうことはできないのです。

  2. (2)正当事由の判断要素

    建物の賃貸借契約において、賃貸人が賃借人に対して立ち退きを求めるためには、借地借家法28条が規定する正当事由が必要になります。

    たとえば以下のような事情を総合的に考慮して、正当事由の有無について判断されることになるでしょう。

    ① 建物を必要とする事情
    賃貸人が建物を必要とする事情と賃借人が建物を必要とする事情を比較してどちらの事情が優先されるべきかという観点から判断します。

    たとえば、賃貸人側の事情としては、高齢になり当該建物以外に住む場所がない、建物を売却しなければ生活が困難、老朽化などにより建て替えが必要、当該建物で営業活動をする必要性があるといった事情が挙げられます。
    他方、賃借人側の事情としては、長期間居住しており生活の基盤となっている、当該建物で営業を行っており移転により顧客を失うおそれがあるなどの事情が挙げられます。

    ② 賃貸借に関する従前の経過
    さらに、賃貸人と賃借人との間で結ばれた賃貸借契約に関係し、以下のような事情が考慮されます。

    • 賃貸借契約締結の際の事情
    • 賃貸借契約の経過期間、契約更新回数
    • 賃料の金額やその改訂状況
    • 賃借人に賃料不払いや用法遵守義務違反などの債務不履行があるか


    ③ 建物の利用状況
    建物の利用状況としては、賃借人が現在、建物をどのように利用しているかが考慮されます。
    たとえば、賃借人が施設に入居しており、ほとんど利用していないという場合には、立ち退きを認めるプラスの事情となります。②で挙げた考慮要素である賃借人の用法遵守義務違反が存する場合、立ち退きを認めるプラスの事情となります。

    ④ 建物の現況
    建物の現況としては、経過年数や残存耐用年数からみて建て替えや修繕の必要性があるか否か、必要性があるとしてどの程度修繕費用がかかるのか、当該建物が存している周辺地域の標準的使用に適した建物か否かなどが考慮されます。たとえば、老朽化しており、今にも倒壊のおそれがあるような建物であれば、立ち退きを認めるプラスの事情となります。

    ⑤ 賃貸人からの財産上の給付(立ち退き料)
    賃貸人からの財産上の給付として、立ち退き料の提供の有無およびその金額についても正当事由を補完する要素となります。詳しくは後述します。

2、正当事由に該当しない場合の対処法は?

正当事由に該当する事情が不足する場合には、立ち退き料を提供することによって正当事由を補完することができる可能性があります。

  1. (1)立ち退き料とは

    立ち退き料とは、賃借人が建物の立ち退きをする際に、賃貸人から賃借人に対して支払われるお金です(借地借家法28条には「建物の賃借人に対して財産上の給付」と定められています)。立ち退き料は、立ち退きの正当事由を判断する際のひとつの要素とされています。

    もっとも、正当事由のなかでも立ち退き料は、正当事由を補完するという性質を有しているに過ぎません。そのため、立ち退き料の支払いをしたという事情だけでは正当事由が認められるということはないことに注意が必要です。本コラム1章「(2)正当事由の判断要素」の①から④で述べた事情だけでは、賃借人を立ち退かせる正当事由があると判断できない場合に、立ち退き料提供の事実が正当事由の存在という評価につき補完的に作用するのです。

  2. (2)立ち退き料としてはいくらが妥当なのか?

    賃借人に立ち退きを求める賃貸人としては、立ち退き料としてどのくらいの金額を支払えばよいのかということが気になるところでしょう。

    しかし、立ち退き料の金額は、本コラム1章「(2)正当事由の判断要素」の①から④の考慮要素との相関関係(負の相関関係)で決まりますので、相場はあってないようなものといえます。たとえば、立ち退き料提供以外の考慮要素にかかる事情で正当事由がほぼ十分であると評価できる場合には、立ち退き料の金額は少なくて済みますが、立ち退き料提供以外の考慮要素にかかる事情のみでは正当事由の存在を認めるのに極めて不十分であるという場合、高額な立ち退き料が必要になってきます。

    そのため、適正な立ち退き料の算定にあたっては、専門家のアドバイスが必要になりますので、弁護士に相談をすることをおすすめします

3、実際の裁判例

どのような事情が正当事由にあたるのかを理解するためにも、以下では、実際に立ち退きが問題になった裁判例を紹介します。

  1. (1)正当事由が認められた裁判例

    立ち退きにあたって正当事由が認められた裁判例としては、以下のものが挙げられます。

    ① 賃貸借契約時に合意していたことなどから正当事由が認められたケース

    【事案の概要】
    この事案では、原告となった賃貸人Aが自己使用の必要が生じたときは契約を解約する前提で、家賃を値引きしたうえで賃借人Bと2年更新の賃貸借契約を行っていたものです。1度の契約更新を経て、Aが当該物件を自宅として利用するため、Bに対して期間満了日よりおよそ6か月前に賃貸借契約の更新拒絶通知を送ったところ、退去を拒んだため裁判へ至りました。

    【裁判所の判断】
    裁判所は、賃貸人Aは当該物件に居住する必要性があり、本件物件以外に生活する場所を有していないことから、Aには建物を使用する必要性が極めて高いと認定しました。また、そもそも賃貸人Aと賃借人B間の賃貸借契約では、Aが本件物件を使用する必要性が生じたときは、明け渡しをする旨の合意があり、それを前提として賃料も安く設定されていたことなどの事情を考慮して立ち退きを求める正当事由を認め、Bに建物の明け渡しを命じました(東京地裁昭和60年2月8日判決)。


    ② 建物の危険性などから正当事由が認められたケース

    【事案の概要】
    この事案は、明治38年ころに建築した木造3階建ての建物について、賃貸人であるAが賃借人であるBに対して老朽化による建て替えを理由に明け渡しを求めたという事案です。

    【裁判所の判断】
    裁判所は、本件建物については重大な劣化などはないものの、築100年以上経過しており、構造上、地震・火災の危険を有していること、現状でも多額の維持管理費用がかかっていることから、立替えを企画することは当然であること、さらに、賃借人Bには本件建物以外にも生活の本拠があることなどの事情を考慮して、賃貸人Aの解約申し入れについて、立ち退き料の補完をせずとも立ち退きの要求について正当事由を認めました(東京地裁平成21年9月11日判決)。
  2. (2)正当事由が認められなかった裁判例

    立ち退きにあたって正当事由が認められなかった裁判例としては、以下のものが挙げられます。

    ① 複数不動産オーナーによる営業中の店舗に対する明け渡し請求に対して正当事由が認められなかったケース

    【事案の概要】
    この事案は、複数の不動産を所有する賃貸人Aが本件建物で飲食店を経営する賃借人Bに対して、本件建物の老朽化や火災などの危険性を理由として解約の申し入れをした事案です。

    【裁判所の判断】
    裁判所は、本件建物が築54年以上経過しているから、老朽化が進んでいる建物であることは認めました。しかし、賃貸人Aには、本件建物のほかにも多数の賃貸物件を所有しているうえ、本建物の明け渡しを受けたとしても具体的な利用計画がないことを指摘しています。
    他方、賃貸人Bは本件建物での営業収入で生計を維持していました。さらに、周辺で代替物件を見つけることが困難であること、代替物件を見つけたとしても店舗の移転費用、家賃負担の増加、売り上げの低下などによって生活基盤が不安定になることなどを理由に、100万円の立ち退き料の提供をもってしても正当事由は認められないと判断しました(東京地裁平成20年2月26日判決)。


    ② 老朽化していない不動産の再開発を理由にした建て明け請求に対し、賃借人家族の病状悪化の懸念を理由に正当事由は認められなかったケース

    【事案の概要】
    この事案は、隣接する複数のマンションを所有した賃貸人Aがこれらをすべて解体して新たなマンションを建築する再開発を予定したうえで、賃借人Bに対して解約の申し入れを行ったという事案です。すべての棟でB以外の入居者はすべて退去しており、本件マンション以外の2棟についてはすでに解体も終了しているという状況でした。

    【裁判所の判断】
    裁判所は、本件マンションは、築30年程度経過しているものの建て替えを必要とするほどの老朽化は見られないこと、実際に直近までほぼすべてが入居中であったことを指摘しました。そのため、賃貸人Aが計画する再開発自体が地域的社会的ニーズに合致しているとはいえない、としています。
    他方、賃借人Bは23年以上本件マンションに住み続けていること、Yの妻は不眠症と心臓病を患っており、退去による精神的ストレスで病状が悪化する可能性があるという事情がありました。結果、200万円の立ち退き料の提供によっても正当事由は認められないと判示しています(東京地裁平成23年2月24日判決)。

4、立ち退き請求の流れ

賃借人に対して立ち退きを求めていく場合には、以下のような流れで進めていきます。

  1. (1)賃貸人からの更新拒絶通知または解約申し入れ

    賃借人に対して立ち退きを求めるためには、まずは、賃借人との賃貸借契約を解消する必要があります。賃貸人に賃料不払いや用法遵守義務違反などがない場合には、契約の解除という方法はとれませんので、期間満了による更新拒絶または解約の申し入れという方法によって賃貸借契約の解消を行います。

    更新拒絶は、期間満了の6か月から1年前までに行う必要があり、解約申し入れは、申し入れ日から6か月経過後に契約が終了することになります。

  2. (2)賃貸人と賃借人との話し合い

    賃借人が賃貸人からの更新拒絶通知または解約申し入れに対して、素直に応じてくれればよいですが、立ち退きを拒絶するような場合には、賃借人との話し合いが必要になります。特に、前述した裁判例等からみて、訴訟を提起した場合に、解約の正当な理由がないと判断される見込みが高い場合には、立ち退きを必要とする賃貸人側の事情を丁寧に伝え、立ち退き料の提供や移転先の物件の紹介を行うなどして、双方の妥協点を検討していかなければなりません。

    賃借人との間でスムーズな話し合いを進めるためには、専門的な知識が不可欠となりますので、弁護士に交渉を依頼することも有効な手段となります。

  3. (3)合意が成立しない場合には裁判

    賃借人との間で立ち退きに関する合意が成立しない場合には、裁判所に建物明け渡し請求訴訟を提起することになります。

    裁判では、賃貸人による更新拒絶または解約申し入れに正当事由が認められるかどうかがメインの争点になると考えられます。正当事由を基礎づける事情をしっかりと主張していくことが必要です。

    もっとも、裁判は、非常に専門的かつ複雑な手続きになりますので、賃貸人の方が個人で進めていくのは難しいといえるでしょう。そのため、賃借人に対して明け渡しを求めていく場合には、早めに弁護士に相談をすることをおすすめします。

5、まとめ

賃借人に対して立ち退きを求めるためには、正当事由が必要となります。正当事由の有無については、さまざまな事情を総合考慮して判断していく必要がありますので、正確に判断するためには専門家である弁護士のアドバイスが不可欠です

ご自身の事案で立ち退きを求めるための正当事由があるかどうかお悩みの方は、ベリーベスト法律事務所 福岡オフィスまでお気軽にご相談ください。親身になって対応します。

  • この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています