管理職者を降格したい! 違法とならない降格人事の方法はあるのか?
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令和3年9月、福岡労働局が福岡県の最低賃金を令和3年10月1日より870円に引き上げることを発表しました。企業が発展するためには、従業員を正しく評価し、働きに見合った人事と賃金の支払いなどが重要になります。時給など給与を上げていくことはそのひとつです。
しかし、さまざまな理由で降格人事を検討したいとお考えになるケースもあるでしょう。
本コラムでは、企業の人事担当者の方に向けて「違法にならない降格人事」について、ベリーベスト法律事務所 福岡オフィスの弁護士が解説します。降格人事の違法性をめぐるトラブルを回避したいとお考えの企業は参考にしてください。
1、降格人事は2種類に分けられる!
降格人事は、次の2種類に分けることができます。
どちらの種類であるかよって違法性の判断基準が異なるため、明確に区別する必要があります。
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(1)人事権行使としての降格人事
企業には基本的に従業員の人事を決定する権利(人事権)があります。したがって、人事権を行使して従業員を降格・降職することは違法となる行為ではありません。
ただし人事権の行使によって、どのような降格でも許されるというわけではありません。たとえば、ある従業員を一定の役職に昇進させたものの、能力不足で改善が見込めないといった場合に、降格・降職する人事を行うことが認められています。 -
(2)懲戒処分としての降格人事
さらに企業には、従業員が規律違反をしたときなどに懲戒処分を行う権利があります。
ただし懲戒処分は、減給の上限の制約があったりさまざまな手続きの必要性が法律で定められていたりと厳格なルールのもとでのみ認められます。
懲戒処分の内容は、懲戒の対象になった行為の性質などによって異なります。降職・降格処分(降格人事)は、懲戒処分のひとつとして行使できるケースがあるということです。
なお、「降職」とは職位を引き下げることで、「降格」は資格等級を引き下げることです。これらは、企業の人事制度や賃金制度にもリンクするため、引き下げの対象を明確にしたうえで処分を行う必要があります。
2、どのような場合に降格人事が違法になる?
前述の通り、特にルールがないまま降格人事を行うことはできません。人事権行使としての降格人事と懲戒処分としての降格人事を行ったつもりであっても、違法と判断されるケースがあります。
どのようなケースが違法と判断されうるのか、解説します。
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(1)人事権行使として降格人事をおこなう場合
人事権行使として降格人事を行う場合には、「権利濫用にあたると判断される場合」に違法となります。
権利濫用にあたると判断される場合とは、会社に認められた人事権の裁量を逸脱し、社会通念上著しく妥当性を欠いている降格人事がなされたときとされます。具体的には「使用者側にその人事を行う業務上の必要性がどの程度があったのか」、「労働者側に能力や適性の欠如などの責任がどの程度あったのか」、「降格人事によって労働者側はどのような不利益を受けるのか」などを総合的に考慮して、違法性の判断が行われるとされます。
たとえば次のような降格人事は、違法と判断されることになるでしょう。- 社員を退職させるための嫌がらせとしての降格人事
経営方針に反対した社員を辞めさせるために、管理職から一般職に降格するなどのケースが考えられます。 - 2段階以上の極端な降格人事
社員に大きなミスや原因がないにもかかわらず極端に降格する人事をおこなえば、違法と判断される可能性があります。 - 妊娠・出産・育児休暇を取得したことを理由として役職を解任する降格人事
妊娠・出産・育児休暇を理由として、不利益な取り扱いをすることは違法になります。 - 有給休暇を取得したことを理由として等級を引き下げる降格人事
有給休暇の取得は労働者の権利であり、そのことを理由として不利益な取り扱いをすることはできません。 - 思想や信条を理由として行う降格人事 など
なお役職・職位を引き下げる人事よりも、基本給に影響する降格・降給人事を行う場合には、違法と判断される可能性が高くなります。
基本給の減額に影響する降格人事を行うときには、「就業規則に明確な根拠規定があること」「降格・降職を行う合理的理由があること」などの厳格な要件を満たす必要があるのです。
- 社員を退職させるための嫌がらせとしての降格人事
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(2)懲戒処分として降格人事を行う場合
懲戒処分については、労働契約法第15条で次のように定められています。
「第15条 使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」
具体的には次のようなケースで、懲戒処分としての降格人事が無効と判断される可能性があります。- 懲戒処分の手続きや内容が就業規則や労働協約などに基づいていない
就業規則などに記載されていない内容や手続きで、懲戒処分として降格人事をおこなうことは、認められていません。 - 懲戒の対象になった行為に対して降格処分が重すぎる
軽微な規則違反に対して不当に重い処分を科しているときなどには、無効になる可能性があります。 - 本人に弁明の機会が与えられずに決定された
懲戒処分は適正な手続きのもとで行われる必要があり、本人に弁明の機会を与えなかったような法律上定められた手続きをとらずに決定されたケースでは、無効になる可能性があります。 - 懲戒処分を裏付ける証拠がない
懲戒処分を行うときには、それを裏付けるための証拠が必要になります。証拠がないのに降格処分を行ったような場合には、無効になる可能性があります。
- 懲戒処分の手続きや内容が就業規則や労働協約などに基づいていない
3、降格人事の進め方とは
会社側が降格の理由となる事実関係を把握したときには、主に次のような流れで進めることになるでしょう。
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(1)事実関係を正確に把握し証拠を収集する
特に懲戒処分による降格人事では、処分の対象になった行為の証拠を収集する必要があります。人事権による降格人事でも、複数の周囲の社員などから話を聞くなどして、本人を納得させられるだけの材料を集めておくとよいでしょう。
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(2)本人に弁明の機会をつくるなど適正な手続きをふむ
懲戒処分では、本人に弁明の機会を与えるほか手続きを適正に進めなければ無効になる可能性があります。人事権による場合には本人に弁明の機会をつくることは必須ではありませんが、ケースに応じて改善を促す機会として実施することも重要な選択肢になります。
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(3)降格人事の内容を慎重に検討する
降格人事の内容として、「役職手当のみを減らすのか」「基本給に影響する職能資格を引き下げるのか」などによって、違法性の判断基準の厳しさが違ってきます。
特に基本給に影響する降格人事では違法と判断される可能性が高くなるので、慎重に検討する必要があります。また就業規則の根拠規定の確認や降格人事を行う合理的理由があるかどうかの判断などについても、後日トラブルが生じても対応できるように慎重に検討することが大切です。 -
(4)従業員に通知する
降格人事が決定したときには、できるだけ本人の理解を得られるよう説明すると同時に、「降格処分通知書」や「辞令」などの書面で従業員に通知します。
4、降格人事における注意点
降格人事を行うときの法的な注意点としては、次のような点があげられることでしょう。
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(1)法的性格を明確にしておく
降格人事が、懲戒処分によるものであるのか人事権行使によるものであるかによって、違法性の判断基準は異なります。そのため、どちらの降格であるのかを明確にして行う必要があります。
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(2)就業規則などの根拠を明確にしておく
人事権行使による降格や等級引き下げは、基本的に就業規則などに根拠規定があることが必要とされます。
懲戒処分による降格人事では、就業規則上の懲戒処分該当性が必要になります。
そのため就業規則などの根拠規定を確認するとともに、できるだけ日頃から就業規則をチェックして、明確な根拠規定を設けておくことが望ましいといえます。 -
(3)基本給に影響する降格人事は慎重に行う
人事権行使による降格人事で基本給の引き下げをともなうときには、不適格行為や人事考課の合理性・相当性をみたしているかどうかの審査基準が厳しくなります。
裁判例でも、基礎となった人事考課に合理性がないため、降格が人事権の濫用にあたると判断したものがあるので注意が必要です(東京地判平成19.5.17 国際観光振興機構事件)。
5、まとめ
本コラムでは、人事担当者の方に向けて「違法にならない降格人事」についてご説明していきました。降格人事は、従業員にとってモチベーションや給与にも影響を与える不利益でありトラブルになることも想定されます。
本人が納得できるよう説明する努力を行うことももちろんですが、トラブルになったとしても対応できる仕組みづくりを行う必要もあるでしょう。
ベリーベスト法律事務所では、ご利用しやすい顧問弁護士サービスを展開しています。福岡オフィスの弁護士も、就業規則などをチェックしトラブルに対応できる仕組みづくりのアドバイスが可能です。お気軽にご相談ください。
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